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さかわのしおり

まち歩きガイド

牧野富太郎・牧野公園コース 

牧野富太郎・牧野公園コース 
牧野富太郎博士のことをたくさん知りたい! そんな方におすすめのまち歩きと牧野公園の草花ガイドをドッキングしたコースです。
まち歩きでは、牧野富太郎博士が子どもの頃遊んだ場所や生家をめぐり、エピソードを交えながら博士の往年の姿を偲びます。バイカオウレンを愛でた金峰神社をご希望の方は、急な階段があり健脚な方向き。
牧野公園の草花ガイドでは、牧野博士ゆかり草花の話を聞くだけでなく、季節の植物に触れたり匂いを嗅いだり、花びらの形をじっくり観察しながら公園内を散策してまわります。
※4月からこのコースは月曜日(さかわ観光協会の休業日)はお受けできません。月曜が祝日の場合は翌日が休業日となります。
まち歩きのみのコースは月曜もお受けいたしております。

・雨天時は滑りやすいのでお気をつけください。
・公園内は頂上まで緩やかな坂が続きます。体力に不安がある方は途中から自由散策も可能です。(その際ガイドは同行できませんのでご了承ください)
・配慮が必要な方がいる場合、あらかじめご連絡ください。可能な限り対応いたします。
料金
10名以下:一律5,500円/1組
(10名を超える場合は、5,500円+1名様あたり550円となります)
申込期日
5日前までに予約
所要時間
2時間半
開催時間
9時~14時
備考
・牧野公園ガイドの「牧野富太郎・牧野公園コース」とガイド内容は同じです。
・「ギャラリーほてい」での試飲、「青源寺のお庭観覧」は、オプションで受付可能です。※酒蔵内の見学はございません。
・年末年始:12月29日〜1月3日を除く。
・月曜日は一部の施設が休館になります。

・年末年始:12月29日〜1月3日を除く

・月曜日は一部の施設が休館になります

申し込み

スケジュール

  • 青山文庫

    「酒蔵の道」から牧野公園方面へ、南に曲がると、高台に見えてくるのが、「青山文庫(せいざんぶんこ)」です。
    ここには、江戸時代の佐川の様子を知る貴重な手がかりとなる、領主深尾家に関する資料などが多数展示されています。
    明治43(1910)年に当時の佐川郵便局長、川田豊太郎の私設図書館として創立。大正14(1925)年、その活動に感銘を受けた佐川町出身の田中光顕が基金や蔵書などを寄贈し、幕末の貴重な資料も多数収蔵した博物館として発展してきました。
    「青山文庫」の“青山〞は、田中光顕の雅号から付けられたものです。
    田中光顕は、土佐勤王党に加盟し、陸援隊で中岡慎太郎を補佐。維新後は宮内大臣を長期間務めるなど要職に就きながらも、幕末維新の生き証人として、志士の顕彰などに務めました。
    夢半ばで倒れた坂本龍馬や中岡慎太郎、武市半平太などの志士たちの書状や画など、同時代を生きた者の手で伝えられた資料群には、歴史の重みが感じられます。

    一 般:400円(団体300円)
    中高生:200円(団体160円)
    小学生:100円(団体80円)
    ※団体は20名以上

    青山文庫公式HPはこちら
    施設の詳細はこちら
    青山文庫
  • 伊藤蘭林の寺子屋

    文教のまちの礎
    幕末から明治期にかけ、牧野富太郎をはじめ、それぞれの分野で大成した者の多くは伊藤蘭林の塾で学んでいる。
    佐川の教育の礎を築いた偉大な教育者で、その寺子屋が復元され、佐川郵便局の背後に建っている。
    施設の詳細はこちら
    伊藤蘭林の寺子屋
  • 牧野富太郎ふるさと館

    日本の植物学は、ここからはじまる
    展示室では、博士の遺品や直筆の手紙、原稿等を展示している。
    施設の詳細はこちら
    牧野富太郎ふるさと館
  • 名教館

    多くの維新の志士や偉人を輩出
    県指定文化財。安永元年(1772)佐川領主、深尾氏が家塾として「名教館」を創設。のちに郷校として士分の教育に資した。
    天保元年( 1 8 3 0 )東元町に広大な校舎を建設。以来幕末まで数多くの人材を育成し、佐川の文運を高めた。明治に入り、廃藩置県・学制の発令により「佐川小学校」と改名し、中本町に佐川尋常小学校としての校舎の建築、玄関を移設した。平成25(2013)年上町地区へ移築。
    施設の詳細はこちら
    名教館
  • 金峰神社

    牧野博士が幼少の頃、この神社の境内でバイカオウレンなどの植物を採取し、植物への興味を広げていきました。その後の一生を決定づけた重要な場所ともいえる。
    施設の詳細はこちら
    金峰神社
  • 牧野公園

    日本の桜名所100選、高知を代表する花見どころ
    明治35(1902)年、植物学者牧野富太郎先生が東京から桜ソメイヨシノの苗を送ってこられ、それを地元の有志が青源寺の土手などに植えたことに始まる。
    昭和33(1958)年に公園内の町道が完成したときに「牧野公園」と称することとなった。中腹には、富太郎と田中光顕の墓がある。

    まちまるごと植物園

    牧野公園の開花情報(まちまるごと植物園Facebook)
    施設の詳細はこちら
    牧野公園
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